大野豊

1955.8.30生
77-98広島
707試合
148勝100敗138S
1733奪三振
防御率2.90
●タイトル
防御率1位(88,97) 沢村賞(88)

出雲一中→出雲商→出雲信用金庫と島根県出雲市で生まれ育った出雲の星。高校時代から速球投手として注目を集めるが、安定した生活を求めて出雲信用金庫へ入社。軟式野球部に所属し77年、地元球団広島にテスト生として入団。プロにはいるまでフォームを矯正することなく我流で投げていたため制球難に苦しむ。79年江夏豊の広島移籍がきっかけとなってフォームが安定。82年に10勝11S。84年に先発転向。88年には防御率1.70で13年ぶりの防御率1点台。
91年再びリリーフに。91,92年と26S。95年再び先発転向。98年には開幕投手。
140km/h後半の力のある速球が最大の武器だがそれに溺れることなく、毎年のように新しい変化球を習得した。カーブ、フォークは言うに及ばず、パーム、シュートから現在はやりのカットボール、チェンジアップなど。おぼえ続けた球種は8とも9とも言われている。
チーム事情に合わせて働き場所を変えてきた市民球団広島ならではの選手。引退試合での挨拶の最後は「我が選んだ道に悔いはなし、背番号24、そしてファンの皆さん、本当にありがとうそざいました。」
広島一筋で、21年。43歳でユニフォームを脱いだ。

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