津田 恒美

1960.8.1生
右投右打
82-91広島
286試合
49勝41敗90S
奪三振542
防御率3.31
●タイトル
新人王(82)、最優秀救援投手(89)、カムバック賞(86)、オールスター(83・86・87・88・89)

山口県南陽工業高校時代から豪速球投手として有名で、県予選では完全試合を達成。
全国大会でもベスト8まで進出。
協和発酵を経て、82年広島東洋カープにドラフト1位指名で入団。
1年目から一軍入りし、11勝6敗で球団史上初の最優秀新人賞を獲得。
150km代のストレートで三振を取る本格派投手。反面、試合後半、シーズン後半に息切れすることが多い投手だった。
83年前半戦で9勝を上げオールスターに選出されるも、後半戦は肩の故障で出場できず。
84、85年と怪我に悩まされ86年リリーフ転向。ペースを考えずに投げられる立場になり素質が一気に開花。
読売とのデッドヒートを制し、自信は4勝6敗22S。チームもリーグ優勝。
優勝を決めた10月12日の神宮球場、先発北別府は9回に「津田を胴上げ投手にしてやってください。」
と監督の阿南に申し出、津田は胴上げ投手となった。
日本シリーズでも1点もとられず日本シリーズMVP。
翌87年より18・20・28Sをあげ日本を代表するストッパーになる。
しかし88年の9敗すべてがサヨナラ負けと言う珍記録が物語るとおり、ピンチになればなるほどストレートで勝負するため
サヨナラ負け、逆転痛打が多く、この時期「サヨナラの津田」と呼ばれた。
90年右肩故障。91年4月14日対読売戦にて登板するも、暴投と死球で降板。
直後に水頭症の手術。シーズン終了後退団。
93年脳腫瘍により死去。享年32歳。


FC2 キャッシング   出会い 無料