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- 大和公園のラジオ塔 〜まず密にならない東大阪名所案内04〜
ラジオが最新のメディアだった時代の遺物
■概要
ラジオ塔とは?
昭和初期(1930年代)に全国に作られた、街頭ラジオを設置する塔およびそれに類するもの。
戦後ラジオが家庭へ普及すると役割自体が忘れられ、風変わりなモニュメントとして認識されるものも多くなりました。
もとは、NHKが当時の野球人気に応える形で、街頭に設置していました。しかし戦局が激しくなると戦意高揚のためラジオ放送を用いられるように。
より生活に近い場所に、うやうやしいデザインのラジオ塔が全国に作られるようになりました。
■大和公園のラジオ塔の歴史
中河内郡小阪町の区画整理事業終了の記念事業として、1941年(NHKの資料では1939年)に建てられました。
設立年やデザインから見て、後期の戦意高揚型のラジオ塔であったことが推測できます。
戦後は他のラジオ塔と同じく、役割は忘れ去られていましたが、2017年4月に研究者・愛好家の調査によりラジオ塔であることが確認されました。これをきっかけにメディアで取り上げられます。
また、ラジオ塔上部に真新しい石の部分(当時ラジオが設置された箇所?)は、いつ埋められたかはわかっていません。情報いただければ助かります。
参考:
・近所にあるかも?戦前の街頭ラジオの痕跡「ラジオ塔」(デイリーポータルZ)
・ラヂオ塔大百科 2017 日本各地にひっそりと残る街頭ラジオ 単行本 –(Amazon)
・“ラジオ塔”が新たに東大阪で発見 地域のつながりや防災に有用、専門家「コミュニティーの中心になる」(産経新聞)
■データ
歴史度 ★★★★☆
密にならない度 ★★★★☆
写真映え度 ★★★★☆
■アルバム
■アクセス
〒577-0804 大阪府東大阪市中小阪1-11
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コメント
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コメント (1)
はじめまして。大和公園のラジオ塔の近くに国旗掲揚台があったという話を聞いてはおられないでしょうか。ラジオ塔と国旗掲揚台はセットで整備されたことが多いのだそうです。中には大阪の中之島公園や、京都の紫野柳児童公園に残るラジオ塔のように国旗掲揚台兼用となっている物もあります。布施や小坂には国旗掲揚台が多く残っている地域ですし、ラジオ塔のある公園となれば国旗掲揚台が園内にあったとしても不思議ではありません。