東大阪のねじメーカーを紹介する「ねじコレ」第12回は、今米の株式会社北螺子製作所。
何を隠そうNHKの朝ドラ「舞いあがれ!」のロケ地となった工場です。
視聴していた人はほら、思い出してみて。主人公の舞が働くねじ工場を。
セットじゃなくて、ちゃーんと実存する本物のねじメーカーで撮影していたのです。
「ここで高橋克典さんがねじを手に取って、『ようできてる』と言うシーンを撮ってたんですよ」と、ポーズを決めてくれたのは、代表取締役社長の北喜次さん。
舞いあがれ!関連のお話も聞きつつ。今回は「ねじコレ」としてしっかりねじにフォーカスしていきます。
■今米で親子3代。加工屋からメーカーへ
北螺子製作所のはじまりは1970年。
ねじの転造加工業として、北社長のお父さんが今米で創業しました。
当時は高度成長期の真っ只中。ねじ屋をやればとにかく儲かるーそんな時代背景のなか、家族経営から始まり次第に社員数を増やしていきました。
「はじめは後を継ぐのは嫌でした。きつい、汚い、危険の3Kでしょ。でも勉強はできひんし、機械も好きやったからね」と北社長。
規模が大きくなってきたのは、他社に修行へ出ていた社長が後継ぎとして工場に帰ってきてから。北螺子は、加工屋から受注から商品化まですべてを担う「メーカー」へと転身し、現在は社員・パートなど従業員合わせて20名が働いています。
「加工だけだと良い仕事がなかなか回ってこない時代になり、自社だけでなんでもできるよう生まれ変わる必要がありました」と当時を振り返ります。
■我社の1本 ライバルに差をつける小ねじ
現在ボルト・タイト系ねじ・組込ねじ…と多品種に渡り製造する中で、主力商品は小ねじとタッピンねじ。
指でつまめるくらいのサイズM3〜M8を取り扱っています。用途も広いねじの代表格であり、競合他社が多い激戦区です。
「大きいねじは機械も大きくないとあかんから、うちみたいな町工場ではなかなかね」と言いながらも、常に次の一手を考える北社長。
競争の激しい小ねじで生き残るため、ステンレス製とチタン製での製造に行きついたといいます。
中でもステンレス製は先代の頃に「加工先がない」と相談を受けて始めました。加工のノウハウが必要な製品です。
チタンは加工しづらくステンレスの10倍近いコストがかかりますが、手を出しづらいからこそ供給元も限られます。
需要があることをいち早く感知し、すぐに取り掛かる迅速さ。そして舵を切る思い切りこそが、北螺子が成長し続ける理由の一つなのかもしれません。
■工場なのに残業ゼロ。北螺子は次世代へのアップデートを惜しまない
25年前の町工場っぽさ、土日には誰も通らない工場街。「舞いあがれ」のロケ地に抜擢されたのは、そうした撮影条件の良さだけではありません。
荷物をどけたり、機械を動かしたりと、工場での撮影期間は現場に張り付いていたという取締役の一喜さん。もちろん次期社長(予定)です。
後を継ぐことは嫌じゃないか。お父さんと同じ質問を投げかけてみると、
「ものづくりや機械が昔から好きでしたし、
モノづくり好きの血を受け継ぎながらプラスイメージで自分に落とし込むその姿は、まさに次世代のねじ屋です。
高齢化が進む業界ですが、北螺子の中心は20~30代の若手が増えています。
社員が仕事を続けられる環境づくりに早くから力を入れ、昨年は年間残業ゼロ、年間休日125〜127日といえばピンとくるでしょうか。工場なのに超ホワイトなのです。
得意分野で地位を築き、職場環境を整え「東大阪を代表するモノづくり企業」といえる北螺子。ところが2023年6月現在公式WEBサイトがありません。
一喜さんいわく「かっこいい理由があるわけじゃなくて…うちの課題であり急務ですね(笑)。でも、口コミや他のねじ屋さんからの紹介でうちに就職して定着してくれますね」。
時代に合ったアップデートをいち早く実践し、親子で未来を見据える北螺子。
この2人なら、会社の、いやねじ界の未来は明るい。上昇気流を見逃さず、どこまでも舞い上がれ北螺子!
■株式会社北螺子製作所
住所:大阪府東大阪市今米2丁目5−24
TEL:072-961-8146
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