みなさんの思い出に残る映画はなんですか?僕は、ベタですが「ショーシャンクの空に」。
公開から25年、47歳になった編集長前田が”ベタ”と断ってしまうのは、自分の人生に少なからず影響を与えられた気恥ずかしさから。
子どもの時はのちにジブリ映画と呼ばれる宮崎駿作品に感動し、洋邦問わずたくさんの映画を観た青春時代。デートの時間稼ぎに使うこともあれば、魂を揺さぶられる名作と出会い人生を前に進められたこともあります。

ホッケー梶間と「ラインシネマの玄関はどっち?」と揉めながら撮影。
2020年2月29日、東大阪市に唯一残っていた映画館「布施ラインシネマ」が閉館しました。
ラインシネマの前身は、布施昭栄座。87年前「布施に娯楽を」と街の有志が出資しあって誕生したといいます。
1997年12月13日、布施駅周辺に点在していた映画館をまとめ、一体運営する「布施ラインシネマ」が誕生しました。
ラインシネマの特徴は、生活圏にある映画館ということ。メディアで大量にプロモーションをかけられる大作だけでなく、ちょっと気になる良作が数多く上映され
「休日に1人で」
「家族となんとなく」
が可能な映画館でした。
この映画がみたい!ではなく、タイトルを決めずに映画を楽しめる場所。
参考記事:大林監督が布施ラインシネマへ 大林宣彦監督作品「この空の花 ―長岡花火物語」(週刊ひがしおおさか)
そんなラインシネマが、最終上映作品に選んだのはエンターテインメントの良作「イエスタデイ」。ビートルズをテーマにし、2019年に公開されて、そこそこ話題になりました。
その上映前に満員の観客の前であいさつするのは、ラインシネマ最後の支配人・稲内康行さん。
「この映画は、記憶をテーマにした作品です。皆さまに愛されたラインシネマを記憶に留めて欲しいという想いで選びました」
とのこと。…ラインシネマらしい。

布施ラインシネマの稲内支配人が観客にあいさつ。
稲内さんは44歳で大阪府柏原市出身。大学時代に一般教養の「映画を鑑賞して評論する」といった講義で映画の魅力に気づきます。
「大学をやめて、映画に関する勉強をしたいと言って、親にえらく怒られました(笑)」
それでも情熱は冷めません。1997年、ラインシネマのオープニングスタッフとしてアルバイトを開始。大学卒業後も映画の道へ進みます。出向などで一旦他の映画館で働いたものの、2004年からは一貫してラインシネマ。
そして、支配人という立場で最後の時を看取ります。

「僕の話が記事になるんですか…?」と半信半疑の稲内さん。すいません!
閉館が発表されたのは、2019年の9月。同時に1月24日から開業87年にちなんで87本の映画を各1000円で上映する「ラインシネマラストショー」を告知します。名作ばかりを次から次へ。1作めの「ローマの休日」から、「生きる」「用心棒」などの黒澤明監督特集、ドラえもんシリーズ、「ウエストサイド物語」「ララランド」そしてラストは「イエスタデイ」。
「もし自分以外すべての人がビートルズを忘れてしまったら」
と、一見ありきたりな着想を楽しく、面白く作り上げ、芸術性を主張するわけではなく、大衆に媚びすぎることもなく。総合エンターテインメントとしての映画の力を最後の最後まで信じた選択です。
しかしこの企画をやり切るには、苦労が多かったでしょう。

ラインシネマの壁に貼られたのは、お客さんたちの「思い出に残る映画」たち。
「数が多いので大変でした。でもここで働く人は映画好きばかりでしたから。個人的なおすすめは、オールザットジャズです。ミュージカル映画が好きで。」
映画とともに歩む人生がラインシネマにはたくさんある。歴史も熱意も経験も、全て注ぎ込んだ。
「東大阪初のシネコン」の呼び文句で誕生したラインシネマは、当時の時代の流れをいち早く取り入れました。
複数のスクリーンを持つだけではなく、それまで当たり前だった「2本立て」「立ち見」はなく、 1上映ごとに総入れ替え。館内の飲食物を充実させて、席ごとにカップホルダーを設置します。
薄暗かった映画館のイメージが一新されて、僕たちの前に現れました。
久しぶりにラインシネマに行ってきた。永遠のゼロもドラえもんもまだやってる。 pic.twitter.com/WNl1cHOn3h
— 週刊ひがしおおさか(4/6は情報ノーサイド) (@w_higa) April 16, 2014
しかし、その後も映画館には時代の荒波が押し寄せます。ショッピングモール併設型のシネコンが増えると、駐車場を持たない繁華街型の映画館には逆風が。さらに上映機材のデジタル化に多額の資金が必要になり、加えて配給会社との関係も変化します。
昨今は、サブスクリプションが猛威を奮います。編集長前田もNetflixで映画を見て、Amazonビデオで新作を検索します。
「サブスクリプションの登場により、過去の映画がたくさん観られるようになりました。自分で面白いものを掘り出し、見つけることができます。映画ファンにとって、新しい作品に触れるより、そっちのほうが忙しいという現実もあります。」
と言う稲内さんも、複数のサブスクリプション動画サービスに加入して、発見した作品を同僚と語り合ったりもしているのです。

映画館に一人で来たことがないというホッケー梶間。ビギナーらしく、ちゃんとポップコーンを購入。
最終上映が終わったあと、最後のお客様を見送るためにラインシネマの全スタッフ35人が集まります。
勤務日でない人も、稲内さんからの呼びかけに答えて、私服での参加。
みんないい笑顔。スタッフも観客も、取材陣も。「ラインシネマが願ったラスト」にランディングしたと言っていいでしょう。
こうして布施ラインシネマは87年の歴史に幕を閉じました。

最終上映のあと、あいさつをするスタッフの皆さん。
「映画館がなくなっても、映画は残るはず。お客さまにはこれからもたくさん映画に出会っていただいて、楽しんでいただければ。」
根っからの映画好き。映画に魅了されて、映画とともに青春を過ごし、映画を家族同様に愛してきた人。そんな稲内さんの、1番心に残っている作品はなんなんだろう。
「一つですか?リストでもあれば選べるかもしれませんが、一つというのは…(笑)」
そりゃそうだ。僕だって、今までに1番感動したラグビーの試合なんて、選べないもの。

いつまでもロビーに残るお客さんたちに、あいさつをする稲内さん。最後には「そろそろ帰ってください(笑)」と。
好きな監督は、イタリアのフェデリコ・フェリーニやフランスのフランソワ・トリュフォー。日本人では、大島渚の哲学的で画面から伝わる感情に力を感じるという稲内さん。
映画に触れることを仕事にし、映画と苦楽をともにしてきた。それもラインシネマとともに一区切りがつく。
でも、映画は人生そのものであることに変わりはない。多くの人の心に映画は息づき、これからも多くの作品が僕たちの人生を翻弄するだろう。なぜなら、それが映画だからだ。
誰もいなくなったラインシネマの1階。
「そろそろ、仲間たちと打ち上げがあるので」と事務所に戻る稲内さんに、最後の質問をしてみた。
ところで、次に観たい映画はなんですか?

編集長と3歳違い!就職氷河期世代です。
「そうですね、次の休みには『レ・ミゼラブル』を観ようかと思っています。」
と即答。さすが、映画を東大阪に届け続けた男。
稲内さんと、ラインシネマを通して映画を届けてくれた多くの人へ叫びたい。
僕たちは、いつまでもラインシネマとともにある これからも映画の灯をともし続けるぞ!
<イエスタデイ感想>
「もし、自分だけがビートルズを知っていたら」
今まで多くのフィクションが取り組んできた、記憶のパラドックスをテーマにしたイギリスの映画が「イエスタデイ」だ。もちろんタイトルはビートルズの名曲から来ている。
主人公のジャックは、売れないシンガーソングライター。ある日、自分以外がビートルズを知らないことに気がつき、それを利用してスターダムにのし上がっていこうという物語だ。
劇中で、描かれる世界はおそらくほんの数年。もしかすると数ヶ月にも感じるが、ビートルズがいた頃にはなかったWebやSNSをヒットの過程に盛り込むことで、清々しいまでに急速な出世物語を演出している。
また、登場人物たちがビートルズの名曲の数々を現代の視点からタイトルや歌詞、ジャケットにさえに手を加えて「改悪」しようとするのも、事実を主人公ジャックと共有する私たちを痛快にしてくれる。
しかし、この作品の1番の見どころは、ヒロインのエリーのかわいさとジャックとの距離感の変化だ。売れないジャックを支え続けながら、すれ違い、一度は破局しながら、最終的に…。
歴史のifを扱ったフィクションは多い。その中でも、イエスタデイはハッピーエンドでストーリーを畳んだ気持ちのいい作品だ。
暗い話題が多いなか、笑顔で映画館を後にできる最高の選択だった。
ラインシネマの皆さん、ありがとう。
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